2018年10月に栃木県某所より保護預かり、療養を経て我が家の珍妙の中心だった暁璘が本日2026年4月18日午前3時40分頃に永眠しました。
当初は瀕死なくらい衰弱、その後も保護前に負った顎関節の古傷やそれに伴う諸々の症状を抱え。我が家で7年半生きてくれました。最期は麿白と同じように私の目の前で、同じ場所である居間の私の寝床で手を繋いで看取ることができました。釿汰、参瑚、麿白と続いてきて、そこにあるのはやはり「ちゃんと看取れた、暁璘もまた命を全うできた」という安堵です。
暁璘をずっと応援してくださりありがとうございます。
暁璘をずっと応援してくださりありがとうございます。

もともと暁璘もいつ不調に陥ってそのまま終末期に入っておかしくない状態で、2022年秋より不調と復活を繰り返してきました。
そしてその暁璘のそばにはいつもここで出会った仲間がいて、暁璘を支えてくれました。
ここに辿り着くまでに本当に辛い目に遭ったのは想像に難くなく、だからこそへたくそなりに猫の距離感を学び、そしてみんなが支えてくれたように思います。その不器用の極みながらまっすぐな様子が、多くの人に見守って頂けた最大の理由でもありますね。

終末期に入ったのは4月上旬からで、なにしろ食事をほとんどとることができず、本当はもう一週くらい早く最期の時が訪れるのではないかと思ってました。
その期間中もまた暁璘らしい珍妙エピソードはありつつ、その輝きを小さく保っていたのは、麿白の四十九日を待っていたからではないかという気がしています。

倒れて動けなくなってから居間に移し、そこでの様子や最期の瞬間までがほぼ麿白と同じでした。
麿白と暁璘は魂の形が非常によく似ていて、だからこそ一緒にいることができたし、麿白を見送ったことが暁璘の中で相当きいてしまったのではないかとも思ってます。
最期は麿白を中心に暁璘の「オラのともだち」に囲まれて。
子猫でも暁璘にとってはみんな暁璘のともだちでした。
お客様もみんな暁璘のともだちでした。
こんな稀有な存在は今後会うことはない、会うとしたらそれはまた新しい暁璘なんでしょう。

私にとっての暁璘は、誰よりも「とうちゃん」と大声で呼び、「オラの命も魂もとうちゃんに託すべ」と全部預けてきた存在でした。その一点の曇りもない意思が、オッドアイの瞳の輝きだったと思います。
保護の話が来た時に「この話は請けてうちで預からないといけない」と思い、里親希望の人が現れても託さず我が家に残す選択をしたのは麿白だけではなく私の魂の一部もまた暁璘が持っていたということなんだろうと思います。
生きている上で必ずしも追い求めてた形で自分の魂の一部が見つかるわけではなく、暁璘のような形で現れることもある、そんな気がします。
最期は麿白を中心に暁璘の「オラのともだち」に囲まれて。
子猫でも暁璘にとってはみんな暁璘のともだちでした。
お客様もみんな暁璘のともだちでした。
こんな稀有な存在は今後会うことはない、会うとしたらそれはまた新しい暁璘なんでしょう。

私にとっての暁璘は、誰よりも「とうちゃん」と大声で呼び、「オラの命も魂もとうちゃんに託すべ」と全部預けてきた存在でした。その一点の曇りもない意思が、オッドアイの瞳の輝きだったと思います。
保護の話が来た時に「この話は請けてうちで預からないといけない」と思い、里親希望の人が現れても託さず我が家に残す選択をしたのは麿白だけではなく私の魂の一部もまた暁璘が持っていたということなんだろうと思います。
生きている上で必ずしも追い求めてた形で自分の魂の一部が見つかるわけではなく、暁璘のような形で現れることもある、そんな気がします。


