おかげさまで釿汰を保護して我が家に連れて帰ってからちょうど5周年となりました。
今日はニコニコ生放送で「釿汰祭り2025」を21時15分より行う予定ですのでよろしくお願いいたします!

毎年ブログにこの日には釿汰を保護した日とチャー坊との仲の事を書いてたようです。
毎年思うのは、来年無事にまた記念日を迎えられるかという事。
もう今年で13歳、野良時代の疾患を抱えた身なのでいつ崩れるか解りません。
それはもう釿汰の命次第です。

釿汰に懐かれたのは2014年2月16日なのでもうすぐ11年の仲。
外に生きてしばし遠く離れてもいまこうして共に暮らす縁ですが、そうはいっても野良で一期一会の身。
引っ越した後もこうして連れて帰るのは難しいかもしれないとは思ってました。
その間でも預かり猫が来たりしましたが、その2019年時点で茶トラ1号と釿汰と四護だけは預かれるだけの隙間は残していました。

2016年に引っ越す前にも、釿汰との仲はここまでかもしれないと思った事は二度ほどありました。
一度目は2014年8月末のTNRのとき。釿汰を入れるべく捕獲機を夜中に仕掛けておいたら四護が入ってた「誰だよお前」事件です。釿汰は翌朝、私予備の捕獲機を使って私自身の手で直接捕獲機の扉を閉じました。
一連の流れはとても象徴的だったなと思ってます。

もう釿汰は俺を避けるだろう、嫌われたかな…と思ってた数日後に今まで通り出待ちして一緒にお散歩したのは忘れられません。
捕獲機に入った時もリリースの時も「お前がこの街で生きるためなんだ、すまんな」と声を掛け、そしてその時も「悪かったな、大丈夫か?」と声を掛けると、釿汰も「まあいいさ、気にするなよ」みたいな感じだったのを覚えてます。

二回目は2014年12月の胸の負傷をしていた時。
出血を伴う咬傷とトリモチがついてたため、洗濯ネットに入れて病院搬送に挑んだのでした。
意外なほどおとなしくおさまり、病院でも診察と処置をちゃんと受けた釿汰。
その後の「あげられたら飲ませて」と渡された薬もちゃんと毎朝飲みに来ました。
釿汰も怪我しちまったよとやってきたのかもしれませんし、ここが今の療養生活の原点のようにも思います。

これが二回目と思ったんですが、病院から戻ってリリースした後にすぐに「おい、散歩に行こうぜ」とせがまれた時のやつが出てきました。全然大丈夫だった。
釿汰もこの時が青春時代、やっぱりあの日々が楽しかったのかなと。

釿汰は麿白先生と同様に他の猫たちとはちょっと違う存在です。
フードを荒らした時に結構強く叱って釿汰もめちゃくちゃしょんぼりしますけど、それができるのは釿汰と私の関係性があるからです。
お前にはもっと長く生きてほしいんだよ。
叱る時にそんな事を必ず伝えてます。
まだまだ膝上は譲れないはずです。
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今日はニコニコ生放送で「釿汰祭り2025」を21時15分より行う予定ですのでよろしくお願いいたします!

毎年ブログにこの日には釿汰を保護した日とチャー坊との仲の事を書いてたようです。
毎年思うのは、来年無事にまた記念日を迎えられるかという事。
もう今年で13歳、野良時代の疾患を抱えた身なのでいつ崩れるか解りません。
それはもう釿汰の命次第です。

釿汰に懐かれたのは2014年2月16日なのでもうすぐ11年の仲。
外に生きてしばし遠く離れてもいまこうして共に暮らす縁ですが、そうはいっても野良で一期一会の身。
引っ越した後もこうして連れて帰るのは難しいかもしれないとは思ってました。
その間でも預かり猫が来たりしましたが、その2019年時点で茶トラ1号と釿汰と四護だけは預かれるだけの隙間は残していました。

2016年に引っ越す前にも、釿汰との仲はここまでかもしれないと思った事は二度ほどありました。
一度目は2014年8月末のTNRのとき。釿汰を入れるべく捕獲機を夜中に仕掛けておいたら四護が入ってた「誰だよお前」事件です。釿汰は翌朝、私予備の捕獲機を使って私自身の手で直接捕獲機の扉を閉じました。
一連の流れはとても象徴的だったなと思ってます。

もう釿汰は俺を避けるだろう、嫌われたかな…と思ってた数日後に今まで通り出待ちして一緒にお散歩したのは忘れられません。
捕獲機に入った時もリリースの時も「お前がこの街で生きるためなんだ、すまんな」と声を掛け、そしてその時も「悪かったな、大丈夫か?」と声を掛けると、釿汰も「まあいいさ、気にするなよ」みたいな感じだったのを覚えてます。

二回目は2014年12月の胸の負傷をしていた時。
出血を伴う咬傷とトリモチがついてたため、洗濯ネットに入れて病院搬送に挑んだのでした。
意外なほどおとなしくおさまり、病院でも診察と処置をちゃんと受けた釿汰。
その後の「あげられたら飲ませて」と渡された薬もちゃんと毎朝飲みに来ました。
釿汰も怪我しちまったよとやってきたのかもしれませんし、ここが今の療養生活の原点のようにも思います。

これが二回目と思ったんですが、病院から戻ってリリースした後にすぐに「おい、散歩に行こうぜ」とせがまれた時のやつが出てきました。全然大丈夫だった。
釿汰もこの時が青春時代、やっぱりあの日々が楽しかったのかなと。

釿汰は麿白先生と同様に他の猫たちとはちょっと違う存在です。
フードを荒らした時に結構強く叱って釿汰もめちゃくちゃしょんぼりしますけど、それができるのは釿汰と私の関係性があるからです。
お前にはもっと長く生きてほしいんだよ。
叱る時にそんな事を必ず伝えてます。
まだまだ膝上は譲れないはずです。
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